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2001年に見た映画
「エボリューション」(2001.11.12)
「ロック・ユー!」(2001.11.14)
「アナザヘヴン」(2001.11.14)
2001年11月11日までの映画評
2001年8月までの映画評
2001年3月までの映画評
(オススメ度を押忍単位で図っています。最高5押忍)
「アナザヘヴン」(評価するに値せず・ビデオ)
なんじゃいこりゃ。なめとんのかい!と大激怒必至のクズ映画。同じサイコホラーなのに、どうして日本人が撮るとこんなにダメなのか。ラストではブチ切れて「俺の2時間を返せ!」と叫びそうになった。しかもこの映画、2時間10分近くもあるのですよ。
ある日、首の骨をものすごい力で叩き折って殺された死体が発見された。死体からは脳みそが取り出され、被害者宅の台所でシチューの具材として調理されていた。警察は猟奇殺人事件として、捜査を開始。しかし、警察をあざ笑うかのように犯行は繰り返される。刑事の早瀬は、現場で謎の似顔絵を発見。似顔絵を手がかりに、ある女子大生を容疑者として割り出す。が、その女子大生も別の現場で、脳みそがない遺体で発見された。早瀬に想いを寄せる元キャバクラ嬢・アサコは「『ナニカ』が人間の脳から脳へ移動している」と言うのだが・・・。
とにかくスタート5分でがっかりする。シチューの中から被害者の脳みそを発見した捜査員たちが、一斉にオエッとなって被害者の部屋から飛び出すのだが、誰か本当に口からなんか出せよ。ジェフ・ゴールドブラムなんて「ライトスタッフ」のころから口の端になんかこびりつかせる熱演ぶりだったんだぜ。本当に吐けとは言わないけど、口からなんか出すか出さないかで、全然違うよ。やっぱり。その辺の本気度が、映画の仕上がりを良くしたり悪くしたりするんだと思うけど。
で、例によってテンポが遅いんですよ。チンタラチンタラと・・・。「誰の頭の中に『ナニカ』がいるのか?!」という緊迫感を、もっと表面に打ちだしてはどうか。なのに、早瀬とアサコの恋模様をもっさりくっさり延々とやられては、中だるみすることこの上ない。SFホラーであるのと同時にラヴストーリーなんだから・・・ということなのかも知れないが、どっちが本命なのか!ラブストーリーなんだったら、もっと余計な部分は削らんかい!あれもこれもやろうとして、見事に空中分解したいい例だ。「陰陽師」でも書いたが、死にかけている登場人物が延々としゃべるのも興ざめだ。そうやって延々としゃべらせないと、観客に訴えることが出来ないのか。この映画でも、頭を乗っ取られたアサコ(頭を乗っ取られると脳みそが委縮し、脳腫瘍だらけになる。つまり、『ナニカ』が事実上の脳になる)がもうイヤっていうほど自分の意識でペラペラペラペラとしゃべる続けるのだ。おまけに、脳みそない状態なのに、早瀬とセックスまでしてしまうのだ。もう訳が分からん。脳が委縮して「ナニカ」に乗っ取られるという設定はどこへ行ったのだ?!と怒りを覚えざるをえない。
それからこの映画を見ていて気が付いたんだけど、日本の映画(特に現代を舞台にした作品)やドラマを見ていて感じる違和感がなにか、はっきりした。登場人物達の生活感のなさだ。松雪泰子扮する女性医師が、すごい豪邸に住んでいるのは百歩譲るとしても、早瀬刑事はしょせん公務員のくせに、ものすごく豪華なマンションに住んでいる。適度に散らかっているあたりで生活感を出そうとしたのかもしれないが、ソファもすごくいいモノっぽくて、キャラクターの職業と住んでいる部屋がまったく一致していない。スポンサーがらみだと思うが、エビアンばっかり飲んでいるのもいただけない。どこの警察署か知らないが、やたらと署内がきれいなのも驚く。
早瀬刑事役の江口洋介の熱演ぶりには好感が持てた。市川実和子のアホっぽい感じは、ああいうキャラクターだということで我慢しよう。それにしてもアサコというキャラクターのウザさには辟易した。原田芳雄の焼かれても、ビルから飛び降りても死なない中年刑事はやり過ぎ。簡単に死ぬ柄本明もおかしい。とにかくみんな、説明的にくどくどしゃべりすぎ。一番その辺のバランスが良かったのが、チョイ役の加藤晴彦だったのが皮肉だ。
もっとも腹が立つのが、ビデオを見たあとで役者の名前を確認しに公式サイトに行ったら「原作を読めば分かる真実!」と堂々と書いてあったことだ。これも「陰陽師」の時に書いたが、結局映画は映画で完結した作品なんだから、原作を読まなくても十分納得できる作品じゃないといけないと思う。それをなんだ。堂々と「原作を読んだらもっとよく分かります」って。そんな不完全な作品を世に出すな!
監督は「NIGHTHEAD」の飯田譲治。あれはあれで面白かったんだが、しょせんはテレビ監督か。「らせん」も面白くなかったしなあ。結局あれだな。日本には、時代劇と仁侠映画を撮るノウハウは山ほどあっても、こういうサイコホラーを撮るノウハウはまだまだ蓄積は少ないということだろう。そうじゃないと、ここまでダメにはできないと思う。リズムが根本的に悪い。ダメすぎて評価できない。
「ロック・ユー!」(5押忍)
素晴らしい!何のヒネリもない実にストレートなストーリー展開なのだが、それが逆にスッキリしていてとてもいい。ボクらが見たかったのは小難しいサスペンスやアホアホSFなんかじゃなくて、こんなストレートなサクセスストーリーなんだ!と力強く叫びたくなる佳作。ストーリー、演出、音楽、迫力、映像ともに文句なし。もちろん5押忍の評価を与える。
貴族と平民の身分差が明らかだった中世のフランス。騎士エクター卿の従者ウイリアムは、騎士になることを夢見る若者だ。ある日、エクター卿が槍試合の直前に急死。試合には貴族でなければ参加できないが、3日間、何も食っていなかったウイリアムは、食費を稼ぐためにやむをえずエクター卿に化けて槍試合に出場し、勝利する。味を占めたウイリアムは従者仲間のローランドとワットを説得し、賞金で馬と武具を購入。さらなる勝利を目指して、特訓する。
そして1カ月後。ウイリアムたちはルーアンの武術大会に出場。旅の途中で知り合った文筆家チョーサーにデッチ上げの貴族身分証明書を作ってもらい、ニセ貴族・ウルリック卿としてどんどん勝利を重ねていく。剣術の試合では見事に優勝したウイリアムだが、一番の花形である槍試合では、フランスのアダマー伯爵に決勝戦で敗北。この大会でウイリアムは、貴族の娘ジョスリンや誇り高いコルビン卿(実はエドワード英王子)、腕のいい女鍛冶師ケイトらと出会う。雪辱を期して次の武術大会に参加するウイリアムだが、アダマーは国王の命令で戦地へ。もちろんウイリアムは優勝したが、アダマーのいない大会ではウイリアムが満たされることはなかった。そして武術大会最終戦ロンドンへ。ここには帰国したアダマーも参加していた。ロンドン出身のウイリアムは、懐かしい我が家へ駆けつける。しかし、その現場をアダマーに見られてしまった。平民であることがバレたウイリアムは逮捕、投獄されてしまう・・・!
もちろん最後はドンデン返しがあって、ウイリアムは無事に闘技場に立ち、アダマーに大逆転で雪辱する。平民出身の若者が、真の騎士に昇りつめ、美女のハートも射止めるまでのサクセス・ストーリー。大抵、こういうシンプルなストーリーの場合、中だるみしたり、つまらなかったりするもんだが、この映画はまったく弛みがない。ド迫力の武術大会がいいヤマ場として挿入されていて、2時間12分が実に短く感じる。それもそのはず、監督は「L.A.コンフィデンシャル」の脚本を書いたブライアン・ヘルゲランドなのだ。今回は「ペイバック」(メル・ギブソン主演)に続く監督第二弾なのだが、脚本もこの人が書いている。実にバランスのいい映画を撮る人だ。今後要注目。
映像面では、「ジュースティング」と呼ばれる馬上槍試合がやはり見せ場。甲冑を身に付けた騎士が、デカイ槍を持って馬に乗り、お互いに向かいあう。で、すれ違いざまにお互いを突き合って勝敗を決めるという競技だが、砕け散る槍、疾走する馬の重量感、緊迫感がとてもうまく表現されている。あまり凝ったアングル(例えば地面からの視点)はないのだが、迫力満点。ぜひとも映画館で見て欲しい。それ以外にも、闘技場のセット、街のセット、どれも凝ってはいないけど、アラのない丁寧な作りで好感が持てる。とくに町中に作られたロンドンの闘技場はいい感じだ。これも映画館で見て欲しい。
映画を盛り上げるのが、タイトル(ちなみに原題は「A Knight`s
Tale」。絶対に邦題の方がいい)にもあるロック。クイーンの「We will
Rock you」で映画は幕を明け、特訓シーンではWARの「Low
Rider」、舞踏会の音楽はデヴィッド・ボウイの「Golden
Years」ときた。ラストはもちろん、クイーンの「We are the
champions」。80年代の懐かしい?ロックの名曲の数々が、映画の各シーンを盛り上げる。中世の映画なのに、ものすごくロックが合うのだ。これもよかった。
超一流の俳優が一人も出ていないが、ベテランと若手の息がピッタリ合っている。キャスティングもすばらしかった。ウイリアムに「パトリオット」のヒース・レジャー。ジョスリンには新人のシャニン・ソモサンとフレッシュな顔合わせ。ローランドにマーク・アディ(「フリントストーン2」「フル・モンティ」)、ケイトにローラ・フレイザー、アダマー伯爵にルーファス・シーウェルと、ハリウッドの映画のチョイ役が続々と顔をそろえている。しかし、各人が存在感を十二分にアピールしており、超一流をそろえなくてもこんなにイイ映画が撮れるんだ!ということを身をもって証明した。特にヒース・レジャーの青臭い演技には◎。ラスト、逮捕されることを覚悟で闘技場に向かうときに、ムキになって仲間を説き伏せるシーンはよかった。濃い顔なので出る映画が限られそうだが、今後どんどん出世していきそうな感じがする。
ジュースティングの迫力感を体感するために、ぜひとも映画館で見て欲しい。とにかく見たあとスカッとして、元気が出る映画だ。たまにはこういう映画を見ないと、陰々滅々としてしまう。
「エボリューション」(2押忍)
あまりにアホらしい。あまりのアホらしさに、涙も出ない。そんな感じの超ド級おバカSF映画。
ある日、アリゾナ州の片田舎にいん石が落ちる。早速、出張ってきたのは近くの地方大学で教鞭をとる生物学者アイラと地質学者ハリー。二人はいん石の周辺から、急速に成長するコケ状の物体を採取する。大学に戻って調べてみると、それは地球外から来た生命体だった。生命体はものすごい速さで進化を始める。「大発見だ!」と歓喜するアイラとハリー。だが、いん石の墜落現場が軍隊に差し押さえられてしまう。二人は現場責任者のリード博士の目を盗み、再び墜落現場に侵入。そこはすでに熱帯雨林状態までに進化していた!猛烈なスピードで進化する地球外生命体相手に、人間は勝利を収めることが出来るのか?!
要するにこうだ。地球外生命体は、ものすごいスピードで進化し、同時に数も増える。30日間でアメリカ全土が生命体に覆い尽くされる計算だ。しかも地球外生命体は凶暴で、人間を捕食する。これはマズイ。何とかしなければ・・・。というパニックムービーなんだけど。
なんだかその割には、地球外生命体の増え方が遅いように思うんですが。だって、イモムシ状の生物があのスピードで増えているのなら、キューティー・バイ・ドッグとか、もっとわんさか地上に出て来てもよさそう。ウォール・モール・バードは1匹目を始末してしまったので、後続が生まれなかった?いやいや、ほかのどこかでも、ウォール・モール・バードが誕生しているはず。それなら、ラストあたりでは、空をウォール・モール・バードがうようよ飛び回っていないとおかしい。おかしいし、そうじゃないと恐さもない。そういうわけでこの映画、せっかく「モンスターがどんどん増える恐さ」というのをテーマにしているのに「モンスターがどんどん増えない」という矛盾をはらんでいる。
一方、「モンスターがどんどん進化する恐さ」という点もあるんだけど、これもイマイチ。最初は酸素に弱かった地球外生命体が、酸素に順応するあたりまではいいんだが、ほ乳類に進化しても、何も恐くない。ほ乳類に進化したら、人間をワナにはめるとか(ラストでアイラたちが洞窟に突入するあたりで・・・)、そういうシーンが欲しかった。というわけで、テーマ的にはダメダメ。
ストーリーは何のヒネリもない。モンスターがどんどん増え、おバカな軍人とおバカな州知事がモンスターを一斉に焼き払おうとする。しかし、モンスターは熱を吸収して進化、増殖するのだ。アイラたちはこれを阻止できるのか?!結局、阻止できなくてモンスターが超巨大化してしまい、大騒ぎになって、ラストにモンスターの弱点を突いて大逆転と。
監督は「ゴーストバスターズ」「ツインズ」「キンダガートンコップ」など、予定調和の実に分かりやすいコメディを撮るアイバン・ライトマン。今回も見ていて安心できるけど、それ以上のモノはまったくない映画に仕立て上げている。この映画のラストは「ゴーストバスターズ」そっくり。巨大モンスターが現れて、弱点を突いたら巨大モンスターが大爆発してべとべとになると・・・。なんと分かりやすい。
主人公のアイラ教授に「X-FILE」のデヴィッド・ドゥカブニー。ハリー教授に「リプレイスメント」のオーランド・ジョーンズ。リード博士には「ハンニバル」で一流女優の仲間入りをしたジュリアン・ムーア。なかなか豪華なメンツなんだが、みんなどこか中途半端。ドゥカブニーは何もしてなくてもエロエロに見えるし、オーランドは突っ込み役としてはちょっと足りない。ドジな科学者を演じているジュリアン・ムーアも、もっと弾けてドジっぷりを発揮してくれないと面白くない。
あと、特撮について。これもやはり中途半端。キューティー・バイ・ドッグがどうしてトライフィビアンに進化するのか?もう少し「進化」に焦点を当ててモンスターを作って欲しかった。
映画館で見たほうが良いかどうか。これも中途半端だなあ。アホアホ映画であることを覚悟して笑えるなら、映画館で見てもいいかも。コンセプトの面白さ、あまりのアホっぷりに2押忍。
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